The Past Works

「Take Out from Suginami」音楽のお弁当〜2020

 

 

いきなりコロナウィルスの出現で、

全ての活動がストップ。。。

これまで音楽活動をしてきた中で

ここまで活動が中止の連続になったことがなく、

決まっていたほとんどの仕事を失いました。

そんな中、「何か自分たちの手で出来ることをやろう」と言う形で、

ミングルの練習スタジオを使っての音楽配信作品と

それにまつわるメイキング動画作品を、

スタジオのある杉並区の助成金を受けて制作しました。

 

生演奏をメインに活動してきたミングルですが

『音楽のお弁当』をコンセプトに、

それぞれが持ち寄って今やってみたい曲を作り込み、

アレンジして、オンラインで届けられる形で発表。

音楽配信は2009年に始めてみたものの、

宣伝が行き届かないのと配信で聴いてくださる方も少なく、

あまり効果がないのでその後 動かしていませんでした。

これを機に、デジタル面でも少しずつ、

過去の作品も整えていく予定です。

 

 

 

「眠らない男・ナポレオン」宝塚歌劇団100周年記念第1作、星組公演〜2014

 

宝塚歌劇団。

その舞台の華麗さ、まばゆさは

他の舞台とは一線を画し、

その公演を目にしたことがきっかけて

女性が演じる理想の男性=「男役」に

いつの間にか入れ込んでしまうという魔法にかかる人は多い。

 

一度は観てみたいと思う方の多くは

「ベルサイユの薔薇」の爆発的なヒットで宝塚の名を知り、

機会があれば生を見たいと思っているけど 

チケットがなかなか取れない・・・という状況に陥る。

 

そんな人気の現場になんと20年近くも通い、

東京宝塚劇場が2001年にリニューアルしてから、

多くの公演でこの劇場のオケピから

生徒たちと一緒に作品に関わって来ました。

 

宝塚特有の舞台メイクを初めて近くで見た〜!!

と感激したのが、最初の公演での印象。^_^

みんな普段は綺麗で細くて可愛いんだけど、

衣装を着てメイクをすると

あっという間に凛々しくカッコいくなるのでした。

 

2014年に100周年という

大きな節目を迎えた宝塚歌劇団の

この年の「ナポレオン」は、

それまで宝塚に縁のなかった男性のお客様にも

十分に楽しんで観ていただける超大作になりました。

宝塚=女性のお客様のための舞台、という観念から

男性が 観劇することを躊躇していたという話も

聞いていましたが、

この作品であっっっっという間に「魔法」にかかり

宝塚の虜になった男性も。(爆)

 

ナポレオンを演じた柚希礼音さんが銀橋を歩く

戴冠式のシーンは本当に美しく、

絵の中から出現したかのような雰囲気と、

女性が演じていることを全く忘れさせてくれるほどの

人間味を感じました。

 

それまでの海外ミュージカル作品だけでなく、

古い映画や漫画、推理小説、SF、時代劇・・・

近年、原作のジャンルの幅が一気に広がり、

さらに後半のレビューまで、劇場にいる3時間あまりが

夢のような非現実的世界観に浸れる宝塚歌劇団。

こんな夢の世界を与えてくれる、

日本が誇る「女性だけの劇団」、

男役冥利に尽きるその世界は

100年の時を超えてさらに発展を続けている。

いつまでもその魔法の時間が続いていきますよう。。。

 

「ウィーン版ミュージカル Elisabeth 20周年記念コンサート」〜2012

 

先にも記したミュージカル「エリザベート」は

東宝での全国での数ヶ月に及ぶ公演を経て、

日本で先行して公演していた宝塚歌劇団でのバージョンも

編成が縮小された形でこの曲を演奏する機会を多く頂き、

ガラコンサートや

クンツェ&リーヴァイ作品だけの曲を集めたコンサートなど、

あらゆる形でエリザベートという作品に

何度となく関わってきました。

その中でも特別な思いを持っているものが、

この「ウィーン版エリザベート20周年記念コンサート」です。

 

これまでの多々の試練は

この時のためにあったのではないかと思うほど、

作品の音作りや音楽へのアプローチが自然でした。

指揮者もキャストも

ウィーンでこの作品に何十年も関わってきたベテラン揃いで、予想通りのシンフォニックな響きをメインに

楽譜への要求も 生の音と歌を活かした上で

ホールの響きを隅々まで利用する形で、

日本のマイクで作り込む音楽とは

全く違うサウンドでした。

 

一番印象に残っているのは、サウンドデザインのような、音響チーフの方のきめ細かな音チェック。

リハーサルの時から 1曲ごとにその音楽で一番必要な音の構築を探していて、

生で歌や楽器のどんな音がどのくらいの音量で聞こえているか常に聴き比べて、

ホールに入ってからも1週間以上かけて少しずつ前から後ろへ 

音響の聞こえ具合を毎日ちょっとずつチェックして、

常に最初に聴いたサウンドに近い形を探っていくというものでした。素晴らしい!!

 

この作業を見ていて、ホールのどこに座っても同じように音楽が広がって作り出せるのは 

こういう細かなプランのもとに成り立っていることを知りました。

同じことを弾いても日本で鳴る音と全く違うサウンドになるのが、本当に嬉しかった。

音響デザイナーが楽譜をよく理解していると感激した覚えがあります。

 

主役のエリザベートを歌い続けてきたマヤさんは、この公演を持ってエリザベートを卒業する、というおまけ付き。

マヤさんのエリザベートのハイトーンの美しさに毎日酔いしれ、

同じステージ上でこんな近くで「私だけに」を聴いて一緒に演奏できる喜びは、

後にも先にもこんな気持ちで演奏したことはありません。

この作品の本当の姿をウィーンキャストと共に、

最高の形で味わえて幸せな日々でした。

もう私も「エリザベート」はこれで卒業してもいいな、と 心から思った瞬間でした。

 

「MINGLE 」結成 〜2007

まさか 自らがこういう形のユニットを

やることになろうとは思ってもみなかったのですが、

自分のアルバムを作った時に

バックボーンの全く違う人と音を重ねることに

「異種格闘技的な面白み」を感じ(笑)、

同じ譜面を見ていてもここまで見方が違うのか、という程

音に対するアプローチの違いと

そこに至る考え方の論理が自分にとって大きな刺激となり、

1つのユニットとして活動を始めることになりました。

形がわからないほど混ぜるのではなく、

「異なるものを異なるまま、共存させる」

と言う意味合いで 「MINGLE」。

ジャズ畑出身の小田島亨、クラシック畑出身のKaoの

ダブルフロントのような形にピアノを加えて2007年、

トリオとして結成。

三鷹市にあった小さなカフェで、

電子ピアノを持ち込んで最初に音出ししてみたのが

2007年の秋の初演。

その後、その場所が閉店になってしまったのをきっかけに 

石森管楽器の地下ホールに場所を移し、

2008年の1月から本格的にライブを開始。

10年間の活動後、2017年より 

ピアノを抜いて2人のデュオで新たなMINGLEを構築、

順次全国に活動を広げて今に至ります。

  

 それまで

コンサートホールでしか演奏したことのなかった私も、

ライブハウスを初め、カフェやお寺など、

人々が普通に集う場所に出かけて行って

ライブをする楽しさは格別。

お客様に生演奏の醍醐味をお届けしたい一心で

活動を続けています。

様々な音楽ジャンルに挑戦出来るのも、MINGLEならでは。

ジャンルなんて関係なく、いい曲だと思うものを演奏する

・・・そんなユニットです。

 

「瑞泉酒造 CM出演」〜2004

 

沖縄の泡盛の中でも一際 伝統を受け継いて作られている「瑞泉酒造」。

縁あって、Kaoの1st Solo CD「Overture」を聴いて下さったことがきっかけで

瑞泉酒造のお酒のタンクの前でコンサートをすることに。

お酒に音楽を聴かせて振動を与えつつ、美味しい古酒を作ると言うもの。

さらに、沖縄で放送される瑞泉酒造のCMにも出演することに!

バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番よりのフレーズを演奏するというもの。

珍しい機会に恵まれて、ステンレスの大きな酒樽の前に立ち

バッハを演奏すると言うコラボレーションは 大変刺激的でした。 

 

 

もともとお酒は大好きでしたが、

以後は 泡盛の古酒にもハマることに。

 

首里城の裏手にある本店では、

様々な泡盛の試飲もできますし 

工場内を見学することも可能です。

沖縄におでかけの際はぜひ本店へ!

 


「Overture」Kao 1st Solo Album リリース〜2002

かねてからの願いで、

いつかミュージカルの曲で自分のCDを作ってみたいなぁ

と思っていたところにチャンスが来ました。

後輩の録音を手伝いに行った先で

新たなお話が発展し、

ソロアルバムをリリースすることに。

2002年、初めてのソロCD「オーバーチュア」を11月発表。

 

のちにこのアルバムは2009年に音楽配信を開始、

2021年、配信先の拡大と共に曲目の1部を入れ替えての

再リリースとなりました。

 

これまで自分が舞台下で毎日聴き演奏して来た曲を

今度はヴァイオリン小品集という形で作りあげたく、

クラシカルな要素をふんだんに取り入れて、

仕事仲間の作曲家の方にお願いして

アレンジしてもらった全13曲。

デビュー作の1枚として納得の行くまで音作りが出来て、

自らの名刺代わりとなりました。

 

 

このアルバムは韓国でも

「String on the Musical」という題名で

翌年2003年に再リリースされ、

そのCDを韓国でレコ発という形で

ソウルのコンサートホールでも演奏させて頂きました。

 

当時 韓国では、日本のCDをそのまま同時発売することが出来ず、

同じ音源を使って

韓国だけでのパッケージとして

印刷物を全て制作し直した作品となり、

題名も印刷内容も違ったものになりました。

今となっては 貴重な1枚となっています。

 

そしてこの1stアルバムを出すことがきっかけで、

どの国の方にも簡単に名前を覚えて頂けるよう、

ニックネームであるかおちゃん、かおさん=「Kao」

というネーミングでのデビューになりました。

 

 

 

クラシックだけとはまた違った、

様々な分野の要素を取り入れた

ミュージカルのような曲を演奏することは、

多くの音楽ジャンルのそれぞれのエッセンスを知り、

それを自分なりに消化していく作業の中で

自分に最も向いていると感じます。

 

さらにこのアルバムがきっかけになり、

その後「MINGLE」というコラボユニットが

確立することになるのですが 

一つの挑戦が

多くの影響やアイデアを

与えてくれたアルバムになりました。

 

 

「Close the door、Open your mouth」伊藤キムによるコンテンポラリーダンス〜2001


 

新国立劇場でのコンテンポラリーダンスの定期的な公演の1つ

「ダンステアトロン」の中で、

世界的コンテンポラリーダンサーの伊藤キム氏と共に、ダンス公演に出演。

『Close the door、Open your mouth』という作品に室内楽演奏者として出演し、

途中から男性ダンサーの2人がカウンターテナーで歌い出し、

ヴァイオリニストの私は バッハの無伴奏ヴァイオリン曲を演奏しながら

バレエダンサーのようにピルエットをし、

持ち上げられ、ダンスをするという、

ダンサーと演奏者の突然の入れ替わりでお客様を驚かすという、

とんでもない構想と演出の中で刺激的な時間を過ごした作品。

音楽とダンスが対等に共存していた作品。

 

後にも先にも、ダンスはど素人の私が舞台であそこまで踊ったのは初めてであり、

2度と出来ない舞台だという気持ちが、なんとかその期間だけでも

・・・という形で自分の限界を超えた瞬間でした。 

リハーサル時から様々な驚きと刺激が日々重なり合い、

キムさんの突拍子もない、それまで誰もやったことのない要求にどこまで応えられるか、

自分でもそれが楽しくもあり、

時代を越境する瞬間に

そう言った作品に出演できたことは自分の新たな成長でした。

 

この舞台は「21世紀の、新たな意味での舞台総合芸術」と各新聞などで絶賛されました。

ご自身も踊り、そして演出した伊藤キム氏は

当作品で翌年1月の第一回朝日舞台芸術賞において、

寺山修司賞を受賞するという快挙。

 

さらにこの公演自体も大好評を得て 2004年の5月に再演となりました。

「21世紀」新たな時代の始まり、

コンテンポラリーダンスが尖ってて面白い時代だったような気がします。

 

「Elisabeth」東宝初演〜2000

 

この作品は これまで関わってきた

多くのミュージカル作品の中で最も難しく、

そして自分自身にとって長く関わる作品として

ちょっと特別な作品となりました。

 

音楽的な内容としても

弦楽器の使い方がそれまでのミュージカルと全く違う、

一種の打楽器的な部分をも持つようなリズミックな部分が多くあり、

セクションで人数を抱えて動き、

弓で演奏する分 多少の音の発音に遅れが出る弦楽器としては

リズムが体に染み込むまでには

非常に時間もいる、難しい作品でした。

 

それまでアメリカ発ブロードウェイのミュージカルと

イギリス発ロンドンミュージカルが主流だった

日本のミュージカル界の中に

『ウィーン発ミュージカル』というものが出現し、

日本でも初演から話題をさらい、

その熱く美しい音楽メロディで

多くのファンを魅了してやまない「エリザベート」。

 

宝塚歌劇団で一足早く日本初演を行い、

その作品が東宝で新たに

「コンテンポラリーダンスとの融合」のような舞台として

幕を開けた時には、

鳥肌の立つような濃密で陶酔的な舞台でした。

変な話、歌よりもまず 

H・アール・カオスの大島さんの振付に

すっかり魅了されてしまった!

初演時のラスト、トートダンサーによる

「超過激で美しい」柱になる瞬間の

音楽とのコラボレーションは毎日圧巻の連続。

ピットにいても、指揮者越しに見える

トートダンサーの動き一つ一つが

音楽や歌声と見事にコラボしているのを感じて、

「とてつもなく最高級の世界的な舞台が

東京で毎日開幕している」という幸せを

深く感じながら演奏していた日々でした。

 

大島さんの振付の過激さは 

トートの抱える「死」と

そこにある音楽を細かく体現し、

その表現は強烈でした。

初演時のダンス&演出版は 本当にあの時だけで、

再演時からはもう別の演出になってしまったので

幻の3ヶ月となりましたが、

記憶に深く残っている作品です。

(写真は、プログラムより)

スタジオジブリ「耳をすませば」天沢聖司になる!〜1995

 

今更言うまでもなく大変有名なこのジブリ作品に、

実は珍しい形で参加しています。

天沢聖司くん役のヴァイオリン演奏の音の参加と、

その彼の演奏姿の原型モデルとして

私の演奏の動きが投影されています。

耳すまファンの方は

もうご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが

・・・皆さんが大好きだと言ってくださる

「カントリーロード」の天沢聖司くんの演奏シーン、

あの音楽を録音したの時の雰囲気を今でも思い出します。

 

チューニングは

バッハの無伴奏ソナタの第1番の頭の部分です。

この楽器演奏のシーンは

スコルダトゥーラという方法を用いて、

調弦をわざとずらした形にして演奏しています。

これは当初の予定では全くなかった計画でしたが、

「ある突発的な事情」をクリアするために

どうしてもこの方法が必要になり、

結果的にこの形を取りました。

ですが、そのことがかえって

周りの古楽器との音色の相性を

良くする結果となったんです!^_^

 

 雫ちゃん役の本名陽子さんは当時まだ中学生。

初めての歌の録音にドキドキした、と

その後のコンサートで語っていらっしゃいました。

何年経っても「カントリーロード」は皆さんの心にいつまでも響いていますように。

野見さんの「耳すま」のイメージアルバムも数曲弾きました。

(本名陽子さんより、当HPに於ける写真使用許諾済)

「Nagraland」ディック・リーによる伝説のオリエンタル・ポップ・オペレッタ〜1992

写真はKaoのブログ「Kao文字倶楽部」でかつてこの作品を紹介した時のものです。

この作品がその後の自分に与える影響力の大きさ、

カルチャーショックのような電流を感じる毎日は

後にも先にもちょっと経験がないです。。。

この作品を通じて、様々な職種の人が方々の国から集まって

オリジナルのものを土台から作るという、

クリエイティブな舞台の真髄を存分に味わいました。

主役であり、原作、演出、全てを担っていたディック・リー氏の

フレンドリーでデリケートな雰囲気と、

音楽に対するどこまでも純粋な気持ちを今でも忘れないです!

アジア各国から集まってきた素晴らしいメンバーたちとの約3ヶ月間、

ハイレベルな現場での体験と、クリエイティブの原点のようなイベントに

参加できたことを今でも誇りに思っています。

ナガランドは日本でリハーサルを行い、日本の数カ所で公演をしたあと、シンガポールと香港にて公演がありました。

今では考えられないけれど、バンドメンバーやスタッフを含め カンパニー全員での引っ越し公演でしたので

初めてのアジア諸国での本番も刺激的でしたし 

最終日が確か香港の公演で、最後の方の曲はみんな この公演やメンバーとの別れが辛くて

 オケピで涙を流しながら演奏したことを覚えています。

「Aspects of Love」劇団四季 初演〜1992

 劇団四季ミュージカル「アスペクツ オブ ラブ〜恋は劇薬」。

それまでもエキストラ要員として

ミュージカルの舞台下:オケピで演奏に関わっていましたが、

劇団四季での初めてのオケピレギュラー作品となったのが、

この「アスペクツ オブ ラブ」。

 

初演時は 弦楽四重奏にベースを加えた

シンプルな弦の編成であることと、

オケ全体も室内楽をメインにするスタイルだったので

「毎日、室内楽曲をオケピで演奏している」という意味で、

大変印象深く、やりがいあるお仕事でした。

 

芸大大学院の室内楽科専攻を修了してすぐくらいの頃で、

始まりの「前奏曲」がいきなり7拍子で始まる譜面は、当時ちょっと衝撃的でした。

1999年のハイライト版のCDも録音にも関わり、

コンマスと弦カル部分の1st Vnを担当しています。